さらば、甲斐雅人
僕は久しぶりに連休をいただき、25日夜、広島に向かいました。1回目のトライアウトで3安打したにもかかわらず、どこからも声がかかっていないようなのは薄々感づいていました。つまり、もう本当に苦しいところまで追い込まれ、逆転の目が極めて少ないことはわかっていました。でもだからこそ僕は、行かねばなりませんでした。僕が見ている時、彼は打ってくれるのです。打てなかったことの方が少ないのです。そして、応援している以上、最後までちゃんと見届けてやりたい。少なくとも、カープを出て、次のチームのファンにつなげるまでは僕が預かる、そんな気持ちでした。思い上がりと笑われそうですが。甲斐君よ、僕がついているから安心してひと暴れてして来い!もはやヒットはいらない、打点もいらない。バックスクリーンに叩きこめ!野球の勝負じゃあないんだ、意地と信念の勝負なんだ!
と、意気込んで広島に着いた矢先、彼がトライアウトを受けず、このまま野球を辞めるのをすでに決めていると耳にしました。全く考えてもいない事態に、僕は頭が真っ白に。なぜ、どうして?最後、市民球場でその勇姿を見せてよ。諦めるにはまだ早いのだ!と、叫びたくなりました。
ただ、時間が経つにつれ、彼の気持ちもわかるような気がしてきました。想像ですが、覚悟を決めて臨んだ今年、やるべきことはすべてやってきた、トライアウトでも自分の力はフルに出せた、チャンスをもらえなかっただけだと証明できた、それでも何も反応がなかった、これ以上無様な姿は見せたくない、もう十分力は出し尽くした、やり遂げた...。納得したのでもない、断念したのでもない。了解したのではないかなぁと。
甲斐雅人は数字的には結果を残せませんでした。8年間のプロ選手生活、小さなケガはしながら着実に伸びていった前半の4年間。自力で1軍に這い上がりました。が、そこから先が越えられなかった。それまでとは対照的に、肩と膝の大きなケガとの戦いに明け暮れました。同期の高卒選手の中で最後まで残ったものの、通算3安打、ホームを踏んだのは1度だけ。1軍の沖縄キャンプにはついに1度も招集されませんでした。戦力にならなかった、と言うカープファンがいるのなら、そう、言えばいいです。その通りだもの。でもね、僕、そして僕の仲間にとっては、何ものにもかえがたい存在なのです。甲斐雅人という選手が、この時にこの形でいてくれたからこそ、僕らは出会え、僕は広島の街と人とそしてカープに馴染めた。2軍の練習場のある由宇も、彼を突破口に盛り上がった面は少なからずあるのです。例えば僕に触発されて由宇を訪れた人、何人も知っています。市民球場だって、ほら、最近ではテレビ中継でも当たり前のように映され、選手達にも大好評なイラスト応援『球場個展化計画』。あれは、甲斐雅人のホームページが原点、彼がいなければ、なかったかもしれません。
甲斐君、あなたがこれを目にすることがあるかどうかはわからない。もう会うこともないのかもしれない。本当は書きたいことは山ほどある。到底ここでは語り尽くせない、それくらいある。ただ、これだけは伝えておきたい。
胸を張って欲しい。ぼかぁ楽しかったぞっ!いい夢を見たぞっ!
僕もこの2日でわかった。野球界から綺麗さっぱり身を引くというあなたの決断を、支持しよう。僕もサポーターとして、とても至らなかったけれど、でも、やれるだけのことはやった。僕なりに精一杯やった。もう、十分だ。
甲斐君、カープに来てくれて、ありがとう!



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12月7日追記
スポニチに引退を告げる記事が出ました。こちらです。



